我流伝

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「流行り」は友達を無くす原因になるぞ【激おこぷんぷん丸】

昨日、大学の友人から久しぶりに連絡がきた。

 

「EDMお前好きだから聴いてみ!」

僕は怒りを通り超して呆れてしまった。

それもそのはず、私は2009年の大学1年生の時に友人にEDMを勧めていたのだ。

まずは簡単にEDMの説明をしよう。

 

EDMとは

エレクトロニック・ダンス・ミュージックのことで、シンセサイザーやシーケンサーを用い、主にクラブないしは音楽を中心にすえるエンターテインメントの場において、その場の人々を躍らせるという明確な目的のもとDJの道具として作られる音楽である。

私は2009年に「pitbull」の4thアルバム『Rebelution』に出会い衝撃を受けたのだ。簡単ではあるが私と音楽についてちょっとだけ語らせてほしい。


 

 

 

Rebelution

Rebelution

 

 

 

 

 

私と音楽

元々、私は音楽に歌詞は不必要派という変わった人間だった。音楽の根源は、メロディーであり、そのメロディーに歌詞を乗っけてボーカルが声(メロディー)を当てる。言わば歌詞は「おまけ」の存在だと思っていた。
 
そのため、邦楽よりも洋楽の方がメロディーは好きだし、歌詞が入っていても自分には英語が理解できないので、その外人ボーカルが歌う歌詞がまた別の「メロディーとして成り立つもの」として考えていたため、洋楽だけは好きだったのだ。
 
歌詞はおまけ。音楽はメロディーで成り立っていると考えていた私の元に突如として現れたEDMはメロディーの衝撃が強すぎて友達におすすめしたのを覚えてる。
 
 

流行りは過去の自分を忘れる 

 
友達は言った。
「洋楽は嫌いじゃ無いけど歌詞わからんやーん!音楽は歌詞あっての音楽やろー!邦楽の方がマシ!あと電子音は音が軽いねん!」
 
そんなおおごとを叩いた友人は、LINEでEDMを勧めてくるのだ。流行りほど怖いものは無い。
 
また、その友人のSNSを見てみると、毎日クラブに明け暮れているのか、楽しそうな写真が数多くアップロードされており、現在は「アンチ邦楽精神」らしい。流行りとは恐ろしいものだ。
 
 

なぜ人は流行りに弱いのか

私が思うに、流行りに負けてしまう人は「それほど好きではないから」だと思う。
 
今回は、音楽のことだったが友人はたぶん音楽をそれほど好きでは無いのだろう。
 
例えば野球やサッカーでも、その年に優勝しそうなチームにほど、にわかファンがつく。
 
古参からしたら嬉しいような悲しいような出来事なのだ。なぜならそれは一時の間だけの流行りで、直ぐに散ってしまうものだとわかっているからである。
 
 

流行り者は散ってからが酷い

 
また、流行り者やニワカは散る時の方がタチが悪い。
「批判をして散っていくのである」
 
  • ○○の時代は終わった
  • ○○はオワコン
  • ○○は変わった
にわかや流行りに流される人間ほど、憎たらしいものはない。
 
 

自分の興味関心の無いものに偏見を持つな!

自分の興味関心の無いものに偏見を持っているから、このような現象が起きるのである。
いずれ、流行り者やニワカは友達を無くすと思ってほしいものである。
 
追記 友達にはへぇー聴いてみる!と返信しました。

 

 

 

Rebelution

Rebelution